「妙好人(みょうこうにん)」-才市(さいち)-その6

2013-05-03

『坐禅和讃』は、禅の修行の目的と到達点を端的に示しています。

とはいえ、私のような凡夫には、「衆生本来仏なり」は、頭で理解できますが、「この身すなわち仏なり」という境涯にはなかなかたどり着けません。それは、多くの修行者がそうであろうと思います。
「この身すなわち仏なり」と自ら言い切れる境涯に達した方は、そう多くはないのではないでしょうか。
鈴木大拙が、妙好人(みょうこうにん)にひきつけられて、その研究にのめり込んだのは、妙好人の姿に、

「当処(とうしょ)すなわち蓮華国(れんげこく) 
 この身すなわち仏なり」

という境涯を見たからだろうと思います。
才市(さいち)の詩は、はからずも、
「才市(さいち)も、あみだも、みなひとつ」
と白隠禅師の『坐禅和讃』の結語と同じことをさらりと歌っています。

才市は、江戸時代の終わり(1850年)に生まれ、昭和7年(享年82歳)まで生きておりましたが、年代的に正規の学校教育を受けていません。  
仕事は、下駄職人で、漢字もあまり書けず、ほとんど平仮名で詩を書いていた人です。

才市は、ただただ、親鸞(しんらん)の浄土真宗の教えを深く信じて、お寺で和尚さんの法話を熱心に聞き、日々「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を唱えていました。
無学で貧しい一市民ですし、宗派が違いますから、白隠禅師の『坐禅和讃』などは、知らなかったでしょう。
自分の胸の内から湧き上がる信心の喜びを思いつくままに書き付けていたら、結果的に、白隠禅師と同じ結論になっているのです。
鈴木大拙が、驚きと感動を感じて、熱心に才市を紹介したのもよく理解できます。

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