「妙好人(みょうこうにん)」-才市(さいち)-その9

2013-05-03

浄土教の教えによれば、私たちは、自分の我や図らいを捨てて、阿弥陀様の救いの手に自分をただ、ゆだねれば良いということになります。

確かに易行道なのかもしれませんが、この「ただ、自分をゆだねる」ということが、実は、なかなか、難しいようです。

才市(さいち)は、たくさんの詩を残していますが、その人柄は、無口でおとなしく、人の話を黙って聴くタイプだったそうです。

およそ、目立つようなところはなく、才市の詩が有名になったあとに、いつも才市が、法話を聴聞にいっていたお寺の和尚さんは、
「あの目立たぬ才市さんがなあ」と不思議がっていたそうです。

そのような控えめな才市(さいち)にも、次のような微笑ましいエピソードがあります。

あるとき、服部和尚という方の法話があり、そのなかで、和尚は次のように語ったそうです。

「浄土真宗は、易行道だといっても、極楽往生を本当にやる者は、祖師(昔のえらいお坊さん)もいわれるように、千万人に一人だ。といっても、千万人に一人はあるのである。

ちょうど、富くじ(宝くじ)のようなもので、中々、くじに当たるものではないが、それでも、千万人の中には、当たるものがいるであろう」

これを和尚さんの話す高座の真下で聞いていた才市は、突然、両手をあげて立ち上がって、声高らかに

「そのクジには、わしが当たったあ、当たったあ!」

と叫んだそうです。

ほかにも大勢、和尚のお話を聞いていた聴衆がいたのですが、突然のことで、聴衆一同、びっくりして、才市に眼を注いぎました。

これに気がついた才市は、今さらのように、自分の衝動的な行いに気がついて、なんだか決まりが悪くなり、座り直して、顔を赤らめて、うつむいて、もぐもぐと念仏を唱えていたそうです。
      (『妙好人』(鈴木大拙著・宝蔵館)より適宜抄録)

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