『修身教授録』とペスタロッチについて

2014-02-09

最後に、ペスタロッチが、森信三先生の師範学校時代(昭和10年代)や、戦後の長田新先生の時代ほどは、今日読まれなくなった理由を自分なりに考えてみました。

一つは、フランス革命が理念とし、ペスタロッチが目指した、全国民への一般教育が、形の上では十分に実現したことがあるでしょう。

現在、中学校まで義務化されていますし、高校への進学率は95%を超えており、半分、義務教育化されているような状況です。
ペスタロッチの時代に比べて、夢のような時代になっています。

また、戦前の日本と比べても、戦前までの義務教育は小学校までであり、旧制中学への進学率は10%台であったことを思うと、隔世の感があります。

ペスタロッチは、フランス革命以後のヨーロッパ世界の混乱状況の中で、恵まれない孤児や貧しい家庭の子供たちを寄宿舎つきの学校に集めて、家庭の愛情をもって、子供たちを教育しました。
そこには、子供達への深い愛情があふれています。
森信三先生が『修身教授録』をかかれた戦前から、昭和20年代までの日本は、まだまだ貧しく、学校にお弁当を持ってこられないような貧しい子供達がいたるところにいました。

ペスタロッチのような貧しい子供達への愛情が、小学校の教師に強く求められる時代背景があったと思います。

しかし、昭和30年代からの高度成長によって、日本は豊かな社会に変わりました。
もちろん、今でも、親の経済的困難や離婚やネグレクト(育児放棄)などによって、恵まれない子供達がいます。
とはいえ、戦前に比べれば、絶対的に数が少なくなっていることは、間違いないでしょう。

日本社会の経済的努力が「豊かな社会」となって報われた分、ペスタロッチに共感しにくい環境に変化したといえるでしょう。

もう一つの原因としては、学校教育の質の変化です。
受験勉強に象徴されるような人間の「智慧」を育てるとは言い難い、「知識偏重」の教育が重視されるようになっています。

これは、科学技術の発達や、経済・政治の仕組みがどんどん複雑化して、世の中で生きて行くために必要な知識の量が激増していることが背景にあります。

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