『禅と陽明学』より「儒教と老荘と禅」

2014-03-11

さて、人間には、理想をもとめて発展しようとする基本的な心が備わっているのですが、理想といっても、外的なものと内面的なものの二つがあると安岡先生は解説されます。

>そこで、(理想を求めるにあたっては)
>単なる肉体的・物欲的生活と、
>我々の精神的・人格的・求道的生活との
>二つの方向が現われてくる。
(『禅と陽明学』上巻p.155)

 
 
 物質的な生活と精神的な生活の2つの側面です。人間が幸せに生きるためには、どちらの要素も必要です。
 
 経済的に困窮している中で、求道心を燃やして、精神的に高いレベルの生活を目指せる人は、それだけで、聖人に近いというべきでしょう。
 
『論語』の中で、孔子がもっとも愛し高く評価した弟子は、顔回(がんかい)でしたが、顔回は、まさに貧しい生活の中で、求道心を忘れずに、道にかなった生き方を楽しむことができる人でした。

3千人もいたと伝えられている孔子の弟子の中で、そのレベルに達したのは、顔回一人でしたから、凡人である私たちには、簡単には到達できない高い境地といえるでしょう。

凡夫である私たちは、物質的な豊かさをもとめる経済生活と、心の豊かさを求める精神生活の両面がそれぞれ必要であり、両方のバランスをとりながら、人間として成長していくことが、理想的な生き方ではないかと思います。

しかし、何かと世知がらい現代社会においては、ともすれば、物質的・経済的豊かさに心を奪われ、精神生活の充実を忘れがちになることも事実でしょう。

 物質的・経済的繁栄を求めることは、悪いことではありませんが、精神的な充実を忘れることによる弊害も起こってきます。

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