『禅と陽明学』より「儒教と老荘と禅」

2014-03-30

安岡正篤先生の『禅と陽明学』(プレジデント社)によれば、「易(えき)」の「陰陽」の原理のうち、発展分化を表す「陽」の原理に対応する教えが儒教でした。

これに対して、「陰」の原理に対応する教えが老荘や禅仏教であるわけですが、なぜ、陽と並んで、陰原理が大事なのかを見ていきましょう。

>リアルというもの、人間の現実、
>人間の直接の状態というものは、
 >こういうふうに活動し、分化し、
 >顕現(けんげん)、繁栄してゆくのだが、
 >それは常に疲労し混乱し、破滅しやすい。

>これは何故かというと、
>実は、常にそういう破滅の傾向を持っているからだ。

(『禅と陽明学』上巻p.157)

現実の人間界のあり方は、「陽」原理により活動し、分化していくものですが、活動のし過ぎによって疲労してきます。

このような理解の仕方は、個々の人間だけでなく、人間の集団(家族、会社、国家など)もまた一つの生き物であると捉える東洋的な見方なのでしょう。

人間の肉体や精神が過労によって疲れ、心身の病気になるように、人間の集団である社会も活動のし過ぎによって混乱し、病んでくることがあります。中国のような戦乱の歴史が絶えない国では、社会の混乱は、やがて王朝の滅亡と交代につながります。

現代社会では、国全体が滅びることは想像しにくいと思いますが、ビジネスマンにとって最も身近な人間集団である企業活動においては、倒産という形で会社が滅亡することは多々起こります。

一時期は大成功した企業が、リーマンショック後などの不況期には、あっけなく倒産し、周囲を驚かせることがあります。その一つの原因が、成功の中で、経営者や社員に蓄積する「勤続疲労」なのかもしれません。

これは、自然界の法則のようなもので、本来、「分化することによって破滅に向かう」という傾向が備わっているからだと安岡先生は解説されます。

東洋の歴史を深く研究された安岡先生から見れば、歴史的に「分化のし過ぎが、破滅をもたらす」ということは、人間にそなわった明らかな傾向なのでしょう。

私たちとしては、安岡先生からの警告の言葉として理解すべきであろうと思います。

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