『禅と陽明学』より「儒教と老荘と禅」

2014-02-26

安岡先生は、発展分化の働きを示す「陽」に対して、
統一の働きを成すものが「陰」であると説明されています。

ところが、これ(陽)だけだと、活動すれば疲労する。
分化すれば根源から遠ざかるから、
どうしてもエネルギーが分散する。

分化は同時に派生であり、末梢化(まっしょうか)であり、
生命の根幹から遊離するものである。
それで行き詰まり破滅する。

どうしてもそれを統一して内に含蓄する働きがなければ、
体(たい)を成さないし、永続しない。
つまり生にならない。

だから陽は活動であり、発動であり、分化発展であるが、
陰の方は統一であり含蓄であり、
言い換えれば全体性の維持であり、
永続性の維持である。

この陰陽相対の理法、
これは相対すると同時に相待つものである。
(『禅と陽明学』p.154~155)

発展分化の「陽」だけだと、エネルギーが拡散するばかりで、疲労が蓄積し、「陽」の働きが弱まります。

それに対して、発展分化を内側から統一する働きとして「陰」があります。

「陰」というのは、「陽」に比べて目立たないのですが、生命活動を永続させるために必須の働きです。

「陰」があることによって、バラバラにならずに「全体性」を維持でき、それゆえに、「永続性」を保てるということです。

長く発展するためには、「陽」だけではなく、「陰」の働きが欠かせないのです。

さて、安岡先生は、この陰陽の原理を儒教や老荘や禅に当てはめて説明されます。

安岡先生独特の素晴らしい理解であり、解説だと思いますが、長くなるので、次回以降のブログに書いていきたいと思います。

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