『論語』の言葉-3「人知らずして、愠(いから)ず」③

2012-12-15

私たちの日常生活の中では、さまざまなストレス要因がありますが、自分の努力や成果をまわりから正当に評価されないということは、大きなストレス要因ですね。

そのようなストレスをお釈迦様も、孔子も、乗り越えているわけです。
修行により、他人の評価に左右されない、あるいは、他人がどう評価しようとも変わらない自分自身の絶対的な価値を心から確信できたということです。

そのような境地になれば、他人からのマイナス評価も、冷静に受け止めて、自分の進歩向上のために役立てることができます。過分なプラス評価を受けても、有頂天になって自分を見失うこともないでしょう。

そうなれば、社会的に成功しているかどうかにかかわりなく、お金持ちかどうかにかかわりなく、人生を前向きに、明るく楽しく仲良く、過ごすことができるでしょう。

ひるがえって、私たちの人生を考えますと、なかなか、そのような境地には達せられないのが現実だと思います。いつも、他人の評価に一喜一憂しながら、時には、他人からの評価におびえながら、生きているのが普通です。

しかし、可能性としては、お釈迦様や孔子のような境地に誰もがなれるというのが、お釈迦様の教えであり、孔子の教えです。

孔子は、弟子たちに「君子(くんし)」を目指すように指導されましたが、「君子(くんし)」といえる境地に達すれば、他人の評価にかかわらず、自分自身を肯定でき、生きている喜びを心から感じられるわけです。
孔子もまた学問修養によって、誰もが「君子(くんし)」になれると考えておられました。

「武士は食わねど、高楊枝(たかようじ)」

ということわざがありますね。

「武士は貧しくて食事ができなくても、食べたばかりかのようにゆうゆうと楊枝を使う。武士はたとえ貧しくとも、気位を高く持つということ」

という意味です。

江戸時代の武士が大変、誇り高く、かつ、礼儀正しく、多くの外国人から尊敬されたという記録がありますが、そのような気高い心のあり方が尊敬されたのでしょう。

武士がそのような気高さを持てたのは、『論語』など儒教の教えや禅など仏教の教えに幼少のころから親しみ、心に理想の人間像を持っていたからだと思います。

幕末のうっかりすれば、日本が外国の植民地になりかねない危機的な時代に、西郷隆盛、坂本竜馬、桂小五郎、勝海舟など、綺羅星(きらほし)のごとく優れた人材がでて、明治の大躍進を導いたのは、決して偶然ではないと思います。
江戸時代の人間教育が優れていたからでしょう。

現代も、バブル崩壊後の長引く不況の中で、さらに、リーマンショック後の世界的な不況のなかで、危機的な経済環境にあると思います。
そのような厳しい環境下で、忙しいビジネスパースンが心を養うにはどうしたらよいでしょうか?

私は、1日10分のイス禅と、1日10分、古典に学ぶ人間学の勉強をすることの併用をお勧めしたいと思います。

坐禅(イス禅を含む)は、姿勢と呼吸を整えることによって、心を活性化し、ストレスに強い心を育ててくれます。「心の根っこを育てる」とイメージしてください。

『論語』などの古典に学ぶ人間学は、知性の面から、人としての理想像を教えてくれます。心に人間としての理想像を持てれば、ストレスに強くなります。理想の人間像を持つということは、「心の幹を育てる」とイメージしてください。

そのうえで、様々なビジネススキルが枝葉をなし、美しい花を開くのではないでしょうか。根っこや幹が弱っているときには、枝葉も花も弱ります。
せっかく身につけたビジネススキルを十分に活用するためにも、心を養う時間を1日10分でも、20分でも持つことが大事ではないかと思います。

忙しいビジネスパースンにとって、一日10分のイス禅で心の根っこを養い、一日10分、人間学の勉強をして理想の人間像を心に持てれば、ビジネスの上でも、大きな力になることでしょう。

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