『青年の大成』(安岡正篤著)について

2014-02-09

私が毎月参加させていただいている「ごてんば読書会」の平成26年1月の対象図書は、安岡正篤先生の『青年の大成』(致知出版社)でした。この本は、主として、昭和38年に日光で開催された「全国青年研修会」において、安岡先生が4日間にわたりなされた講義録がもとになっています。

もともと、青年向けの講義録ということもあり、安岡先生のご著書の中では、最も読みやすい本の一つであろうと思います。その分、安岡先生ご自身が筆を執って文章を書かれた本や、長年、安岡先生の下で学んでいる方を対象にした講義録に比べますと、すこしコクがないようにも感じました。

青年向けということもあって、安岡先生も、分かりやすさに主眼を置かれて講義されたのだと思われます。その結果、安岡教学の総論、あるいは、入門書というべき好著になっていると思います。

この本だけで、安岡教学の全貌が分かるわけではないと思いますが、青年に限らず、年齢にかかわらず、この本から教えられることは多々あると思われます。

また、安岡先生のご著書を読んで、知識として、すでに知っている内容であっても、あらためて、自分が実践できているのか、教えが少しは身についているのかと自らを反省すると、ただただ、恥じ入り、赤面するしかない次第です。

今回、『青年の大成』を読んで、最も共感し、かつ反省させられたのは、下記の冒頭部分でした。

およそ現代は、(中略)いわゆる人間疎外・自己疎外の時代です。
         (中略) 
つまり人間をお留守にする、自分自身を棚上げすることです。

とかく外へばかり心を馳せて、内を忘れてしまう。

外物ばかり取り上げて、自分というものを省(かえり)みない。
人間をお留守にして、欲望の対象ばかり取り上げることです。

その結果、わけの分からぬことになってしまって、始末がつかぬ。
こういう時、ひとたび失われた自己、人間そのものに立ち返れば、
はっきりすることが多い。
(『青年の大成』p.11~12)

「人間をお留守にする、自分自身を棚上げする」、「外物ばかり取り上げて、自分というものを省(かえり)みない」というのは、まさに自分のことを言われているように感じました。

この言葉を読んで、私は、学生時代に重度のノイローゼ(新型うつ病?)になったときも、40代でワーカホリックになって軽いうつ病になったときも、自分で自分を見失っていたのだろうとと反省させられた次第です。

 また、自己探求による自己の確立を重視する禅の教えと安岡先生の教えが重なり合うように、強く感じました。

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