メルマガ第4号:達磨(だるま)の話

2014-04-04

■からりとして何もない(1/3)

まず、梁(りょう)の武帝(ぶてい)は、達磨大師(だるま-だいし)に対して、「私はたくさんのお寺をつくり、熱心に仏教を保護してきたが、どのような功徳(くどく)があるのか?」と質問します。
信心深い皇帝としては、インドから来た高僧に、自分をほめてもらいたかったのでしょう。

世間的な常識でいえば、「大変ご立派な良いことをなされています。仏のご加護(かご)で、お国はますます栄えるでしょう」というようなことを答えるところです。
半分、お世辞が入っていたとしても、初対面のご挨拶と考えれば、それはそれで正しい対応だと思います。

しかし、達磨大師(だるま-だいし)は、まったく異なることを言いました。

なんと「無功徳(むくどく)」といったのです。
「功徳なんてない」と正面から武帝のことを否定した言葉です。さぞかし武帝は面食らったことでしょう。

達磨大師(だるま-だいし)の言葉は、
「功徳(くどく)を欲しがる気持ちは、煩悩(ぼんのう)であり、心のけがれである。そのような気持ちをなくせば、いっそうの功徳があるものだ」
という意味だと思います。

しかし、それを丁寧に説明せずに、ズバッと本質だけを簡潔に答えたのが、いかにも禅的です。

達磨大師(だるま-だいし)の答えが、常識とかけ離れていたので、梁(りょう)の武帝(ぶてい)は、かなり不愉快に感じたことでしょう。乱暴な皇帝ならば、怒って、達磨大師の首をはねたかもしれません。

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