人間禅道場の紹介③

2012-12-15

私は、最初の3か月くらいは、白田(はくた)老師とお会いする機会がなく、択木(たくぼく)道場で10年以上の修行経験のあるベテランの方に、坐禅の基本的なやり方を教わり、法話をきき、また、立田英山(たつた えいざん)老師が書かれた本や小冊子を買って読んだりしながら、勉強しました。

その際、道場の先輩方から言われたことは、「一日一炷香(いちにち いっちゅうこう)」という人間禅道場の指導方針でした。
これは、立田英山老師の指導方針であり、また、ご自身が学生時代から守り続けた習慣でもあります。

「一炷香(いっちゅうこう)」というのは、お線香一本が燃える時間ということで、人間禅道場では、45分を基準にしていました。
「一日一炷香(いちにち いっちゅうこう)」とは、毎日、家で、45分くらいは、坐禅をしなさいという意味です。

忙しいときは、45分でなくても、10分でも、20分でもよいから、毎日坐禅することが大事だと指導されました。学生時代のように時間があるときは、5分くらいの休憩をはさんで毎日二炷香以上、坐禅をするともっと良いといわれました。

毎日坐禅することによって、坐禅が身について、坐相もよくなり、足が慣れて、痛みも次第に感じなくなり、呼吸も深くなり、坐禅中の瞑想度が深くなって、修行が進むということです。逆に、摂心会のときだけ一日10時間も坐禅をしても、家で毎日坐禅しないと、せっかくの努力が身につかないということでした。

のちにわかったことでしたが、明治時代の円覚寺の管長であった釈宗演(しゃくそうえん)老師も同じ趣旨のことを本に書かれていました。釈宗演老師は、毎日、寝る前と朝起きた時に、短時間でもよいから、坐禅をしなさいと居士(こじ:一般社会人)の修行者に指導されたそうです。

私も、さっそく、最初の坐禅会のあとから、家でも坐禅をするようにしました。もっとも、最初は、45分間も続けると足が痛くてたまらないので、20分~30分程度ではじめました。45分坐禅するときは、途中で休憩をいれていました。また、最初のうちは、さぼって坐禅をしない日も、結構ありました。

ただ、択木(たくぼく)道場の毎週火曜日の例会には、必ず出るようにしたので、そこでは、45分間を2回坐禅しなければなりません。法話がある日は、坐禅は、1回ですが、後半の法話の時間帯も基本的に坐禅の格好でお話をききますので、足が痛むことに変わりありません。

最初は、ともかく例会の時に足が痛まなくなるようにということを目標に毎日家で坐禅をした次第です。
ところが、不思議なもので、毎日のように家で坐禅をしていると体がどんどん慣れてきて、2か月もすると、毎日45分くらいの坐禅は苦ではなくなり、週の例会でも、それほど、足も痛まなくなりました。

それとともに、家で毎日坐禅することによって、少しずつ気持ちが落ち着いてくるようで、坐禅自体が楽しくなってきました。坐禅の後に、さわやかな気持ちが味わえるようになりました。

「自分も、大分坐禅になれてきたな」
と思い始めた11月の中ころに、択木(たくぼく)道場で摂心会(せっしんえ)という1週間の合宿形式の修行の会がありました。

私は、最初は、それほど、坐禅に熱心だったわけではなく、
「合宿まで行かなくて良いのではないか」と思っておりましたが、
先輩方が、「摂心会に行かないと、本当の禅の修行がどういうものかわからない」
とさかんに出席を進めます。

なにより、摂心会では、普段は、択木道場に来られない白田(はくた)劫石(ごっせき)老師の「提唱(ていしょう)」という講義が毎日あるというお話をうかがって、老師の話というのがどんなものか一度聞いてみたいと思い、参加することにした次第です。

その時は、摂心会がどれほど大変なものか、まったく理解せず、ごく気楽な気持ちで参加したのでした。しかし、摂心会(せっしんえ)に参加してみると、それは、初心者にとっては、地獄のような厳しさでした。

摂心会(せっしんえ)については、項を改めて、ご説明しましょう。

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