今東光の毒舌人生相談-その1「本音と建前」4

2013-05-03

社会の繁栄を支えているこれらの人々が、本音と建前の食い違いを我慢し、職業的には、建前優先で行動しているということは、大変、健全なことだと思います。

その点、直木賞を受賞した一流小説家でもあった今東光師は、建前も大事にしつつも、時に、本音丸出しで人生論を語ったのでした。
そこが、「本来は、建前よりも本音を大事にしたい」という若者の感情に訴えたのでしょう。

当時、『週刊プレイボーイ』の「人生相談」の主要な読者であった10代後半から20代前半の若者は、まだまだ、建前よりも、本音を優先したいという年頃です。
実際に、「豊かな社会」を背景に「本音」を優先した生き方をしていた若者もたくさんいたと思います。

しかし、読者の親の世代は、「本音」を言いたいのをグッと我慢して、「建前」優先で家族のために頑張って働いていたのでした。
敗戦後の廃墟のような状態から、わずか、20年余りで、GDP世界第2位の経済大国を築いたのは、そのような物言わぬ庶民でした。

反面、建前を優先する時には、自分を殺すことになりますから、時には、大きなストレスになります。それが、家族の前では、本音を丸出しにすることで、精神のバランスをとっていたのでしょう。

そのバランスが崩れた時には、病的な現象が現れます。
出世競争にやぶれた官僚や猛烈サラリーマンによる家庭内暴力が話題になった時代でもありました。

受験競争の圧力も今よりはるかに強く、有名進学校の生徒による激しい家庭内暴力事件も置きました。
開成高校や早稲田高等学院のエリート高校生が、家庭内暴力によって、親に殺されたり、親族を殺したりという深刻な事件も、70年代後半から、80年代前半に起きています。

今東光師は、そのことをよく知っていたからこそ、「日本の今の社会における制度の中の哀れな犠牲者なんだ」という独特な言い方で、諭しているのです。

禅の古典では、ほめるべきところで、よく罵倒(ばとう)の言葉が出てきます。
罵倒の言葉が、実は、最高の褒め言葉だったりするのです。

今東光師は、禅僧ではありませんが、昔の禅僧さながらに、非難するような言い方で、真面目に働く企業戦士たちを最高に褒めたのではないかと私は思います。

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