内山老師「沢木興道老師の坐禅について」

2013-11-23

昭和16年7月の総持寺夏期参禅会で、沢木老師のお話に夢中になった内山老師は、話の内容を自宅に戻ってから整理されました。

そのときのノートを40年以上もたった70代の円熟した禅僧となった内山老師ご自身が読み返してみて、

「なかなかよくまとめてある思う」
「まだ坊主になる以前、坐禅も何も知らないときに、

沢木老師の話を聞いただけで、よくこれだけまとめたな、と我ながら感心する」
と自ら書かれています。

豪快な性格の沢木老師に対して、どちらかといえば、控えめで優しい性格であったと思われる内山老師が自画自賛するほどですから、沢木老師の教えは、内山老師の心に深くしみ込んだのでしょう。
内山老師にとって、沢木老師とは、出会うべくして出会った運命的な人生の師との出会いの瞬間だったのだろうと思います。
 
 そのとき、内山老師がまとめた沢木老師の教えのポイントは、
 以下の5か条です。

第一、仏法とは、ゆきつく所へゆきついた人生を
   教えるものである。
第二、坐禅は、透明なる自己になることである。

第三、坐禅は、自分が自分を自分することである。

第四、坐禅は、宇宙とぶっつづきの自己になることである。

第五、坐禅してもなんにもならぬ。

この5か条の教えについては、内山老師が、詳しく丁寧に内容を解説してくださっていますが、それは、次回以降にゆっくりご紹介しましょう。

さて、沢木老師に、心服した内山老師は、
「本当は坊主になりたくなかったのに」
「もはや「真実に生きよう」とするかぎり、
坊主にならざるをえぬところまできてしまって、
とうとう坊主になってしまった」
ということです。

内山老師は、昭和16年7月に鶴見の総持寺の参禅会で沢木老師のお話を聞いて感動してから、翌月8月には、栃木県の大中寺(だいちゅうじ)に見習いとして入山されています。

それから、半年もたたない昭和16年12月8日に沢木老師のもとで得度して、正式に僧侶となられたのでした。

ちなみに、内山老師が得度された昭和16年12月8日は、太平洋戦争開戦の日ですが、昭和16年は偶然でしょうが、12月8日の得度式は単なる偶然ではないと思います。

もともと12月8日は、「臘月八日」(ろうげつようか)、略して「臘八」(ろうはち)といい、お釈迦様が大悟した成道(じょうどう)の日と伝えられています。お釈迦様が仏教を開いた日ですから、仏教において最も大事な記念日の一つです。

そのため、禅門では、12月に「臘八摂心」(ろうはち-せっしん)という最も厳しい修行の会を厳修する伝統があります。禅寺の専門僧堂では、釈迦の成道(じょうどう)を記念して、陰暦12月1日から8日の朝まで昼夜寝ずに(横にならずに)参禅修行するのです。

おそらく、大中寺(だいちゅうじ)における「臘八摂心」(ろうはち-せっしん)が無事に円了した日に、沢木老師は、内山老師の得度式を行われたのではないしょうか。
昭和16年12月8日は、日本の運命を大きく変えた特別な日ですが、内山老師にとっても、生涯の運命を決めた日になったわけです。

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