内山老師「沢木興道老師の坐禅について」

2013-11-23

曹洞宗の禅僧の中で、昭和の時代に最も活躍されたのが、沢木興道老師です。(さわき こうどう、道号:祖門、明治13年(1880年)生まれ - 昭和40年(1965年)没)

沢木興道老師の残された名言に、一番弟子であった内山興正老師が解説した本、
『宿なし興道 法句参(ほっくさん)』(大法輪閣)から、
沢木興道老師の名言及び教えを何回もご紹介してきました。

じつは、この本の後半は、「沢木興道老師の坐禅について」と題して、内山老師が沢木老師の教えをまとまった形で解説されています。

これがまた、大変、味わいのある良い文章なので、適宜、要点をご紹介しましょう。

なお、内山老師の「沢木興道老師の坐禅について」という解説は、本文全体で40ページ程度の長文のため、何回かに分けてご紹介することになると思います。

本文の内容に入る前に、まず、内山老師の略歴をご紹介しましょう。

明治45年(1912年) 東京に生まれる。

昭和10年(1935年) 早稲田大学文学部西洋哲学科卒業。
      昭和12年(1937年)まで同大学院に在学。

昭和13年(1938年) 宮崎公教神学校教師となる。

昭和16年(1941年) 沢木興道老師について出家得度。
      戦時中昭和19年(1944年)から島根県に疎開。

昭和24年(1949年) 安泰寺に入る。(托鉢と坐禅の生活)

昭和37年(1962年)『折り紙』の本出版。
         (長年の托鉢に一応終止符)
昭和40年(1965年) 12月 沢木興道老師入寂。
          以後、安泰寺堂頭。
昭和50年(1975年) 引退。大垣市に隠居。

昭和52年(1977年)宇治市能化院に転居。

昭和53年(1978年) 京都市宗仙寺で正法眼蔵味読会を開講。
~昭和63年(1988年)まで継続

平成10年(1998年) 宇治市能化院にて3月13日示寂。
         安泰寺六世道融興正大和尚。

内山老師は、明治45年の生まれですが、沢木老師とは32歳の差です。
もともと、お寺の出身ではなく、それどころか、早稲田大学で西洋哲学を学び、さらに半年間ですが、牧師さんを養成する神学校の教師をされています。

内山老師は、西洋哲学やキリスト教の方にずっと近い育ちをしていたのに、哲学者にもならず、牧師にもならず、なぜ、30歳近くになって、沢木老師の弟子として出家されたのでしょうか?
 
 内山老師ご自身が、なぜ沢木老師の下で出家せざるを得なかったのか、どのような因縁によって出家にいたったのか、について本の中でみずから語っておられます。

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