有徳経営研究所ホームページをご覧になられた皆様へ

人間に与えられた資源は限られています。
私を含め、多くの人にとっては、お金も、使える物も、頼れる人も、限られているでしょう。
仮にビル・ゲイツのような世界一のお金持ちでも、1日の時間は、24時間であり、一生の時間は長くて100年程度、通常は80年程度という、人間としての宿命は変えられません。
すべての人にとって時間は有限です。

情報については、インターネットの発達によって、莫大な量の情報をかつては考えられないくらいの低コストで、手軽に入手できるようになりました。
しかし、これも、一人の人間の脳の処理能力という限界があります。

今や、情報をいかに集めるかよりも、膨大な情報の中から、いかに重要なものを選ぶかが大事な時代になりつつあります。
「情報化社会」から、「知識社会」へという変化の時代です。
単に情報を入手するだけではなく、それを選択し、加工して有効に使えるようにすることが大事な時代になっていると思います。

「限られた資源を有効に使って、限られた自分の人生の時間をいかに充実させるのか」というテーマは、すべての人間にとって昔からの大問題でした。

それと同時に、現代においては、「膨大な情報の選択肢の中から、いかにより良い選択をするのか」という昔だったら、一部の王侯貴族しか悩まなかったような問題に、(少なくとも先進国では)すべての人が直面しているのが現代の状況です。

そういう状況を踏まえると、あらためて、人間の基本的な智慧が重要な時代になったと私は、思います。
「入手した情報の価値を評価し、選択し、加工する」のは、人間の基本的な知的作業です。しかし、「情報の価値評価」を適切に行うには、何らかの尺度が必要でしょう。

その際、最も有効な尺度の一つは、「人間性にかなっているのかどうか」という本質的な問いであると思います。

京セラ、KDDIの創業者で日本航空の再建にあたっている稲盛和夫さんは、経営判断に迷った時は「人間として何が正しいのかという原点に立ち返って考えた」とホームページに書かれています。

<以下は、稲盛和夫オフィシャルサイトの「経営哲学」より引用>

「私は、経営や人生の局面において、壁に突き当たり、悩みもがき苦しむとき、そのつど人間として何が正しいかという原点に立ち返ってものごとを考え、その原則に従って行動してきた。ところがその日々の集積は、いつの間にか信じられないような成果をもたらしてくれたのである。」
http://www.kyocera.co.jp/inamori/management/index.html

 

「人間として、何が正しいのか?」という問いを持つことは、人生をあるいは、会社を経営する際に大変重要な視点です。最も重要な視点であるといってもよいかもしれません。

しかし「人間として何が正しいのか」という問題にぶつかったときに、私たちは何を基準に考え、判断したらよいのでしょうか?

実は、現代人の悩みの一つの原因は、「価値観が多様化しすぎて、何が正しいのかよくわからない」という問題であると思います。

私は、こういう混迷した判断に迷う時代だからこそ、再度、古典の智慧に学ぶべきであると考えております。

中国や日本で最も大事にされた代表的な古典である『論語』が書かれたのは、今から2000年以上前です。主人公の孔子が生きていたのは、2500年も前のことです。

当然、今よりも、社会が単純で、自然も豊かで、人間にとって、より本質的
なことが見えやすかった時代です。
その時代の最高の賢人が人間について深く洞察して発した言葉が書かれた古典は、現代にも通じる「生き方」のテキスト(教科書)であると思います。

実は、世界宗教といわれるキリスト教も仏教も、イスラム教も、また、西洋哲学もその根っこは、2000年~2500年くらい前の時代にあります。
お釈迦様も、キリストも、ソクラテスも、いずれも、2000年~2500年前の人です。イスラム教を創始したマホメットだけは、1400年くらい前の人ですが、イスラム教でも、コラーンと同じく聖典とされているのは、『旧約聖書」ですから、やはり、2000年以上前の時代からの智慧に根差しているといえるでしょう。

その時代に、相次いで書かれた古典とそれをベースに人間性について深く考えてきたのが、たくさんの哲学者であり、思想家です。
そのような後代の思想家が書いたものでも、100年以上読み継がれている本は、立派に古典といってよいでしょう。

そういう古典に書かれた智慧を学ぶことによって、人間性に対する洞察が深まり、「人間として何が正しいのか」という判断力が磨かれ、ひいては、人間として経営力が高まると私は思います。

もちろん、自分の考えが、常に教科書(古典)に書いてある通りでなければならないというわけではありません。
というより、時代状況にあわせて、教科書(古典)の言葉を読みか直していかなければならないと思います。
社会は常に変化しているので、教科書(古典)の言葉が正しくても、読み方を間違えると結果的に間違うことになります。古典に学びつつ、現在の自分の置かれた状況に当てはめてみて、よりよい思考力を養うことが大事なのです。

孔子も同趣旨のことを言っています。

「学ぶだけで考えなければ、心が暗くて正しい判断ができない。かといって、考えるだけで学ばなければ、危うくて不安をまぬがれない」

「学びて思はざれば、則(すなは)ち、罔(くら)く、思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し」 (『論語』為政第二より)

忙しいビジネスパースンのために、東洋の古典を中心に、人間について深く考える助けとなるような言葉を紹介し、皆さんの参考となるように、現代にひつけた私の解釈でご説明しようと思います。

なお、当然、先人が残してくれたたくさんの参考書を読みながら書きますが、最後は、私個人の解釈が入りますので、間違いもあるかもしれません。
もし間違えるとしたら、私の読み間違いが原因でしょう。皆さんも、一つの参考意見として、一緒に考えていただければ幸いです。

Copyright© 2012 ビジネスマンの人間力育成をサポートする有徳経営研究所株式会社 All Rights Reserved.