無心の境地を求める

2014-05-08

■自分を忘れる工夫(2/3)

この禅問答については、私の好きな『論語物語』(下村湖人著、講談社学術文庫)の次の一節を思い出します。(『論語物語』は、論語の世界を題材にした異色の教養小説です。)

子貢(しこう)よ、なによりも、自分を忘れる工夫(くふう)をすることじゃ。

自分のことばかりにこだわっていては、君子(くんし)にはなれない。

君子は、徳(とく)をもって、すべての人の才能を生かしていくが、それは自分を忘れることができるからじゃ。

                  (『論語物語』p. 30)

「論語」の主人公である孔子(こうし)の弟子の中で、世間的に最も有能で、経済的にも成功したのが、子貢(しこう)でした。

その有能な子貢に対して、孔子は、「自分を忘れる工夫」をせよと教えます。
「自分を忘れる」とは、「私心がないこと」であり、禅でいう「無心」の境地です。

徳をもって、まわりの人々を生かしていくためには、自分に捉われない、広やかな心が必要です。それを養うのが、「自分を忘れる工夫」、つまり、「無心」になる努力なのではないでしょうか。

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