無門関第四則「胡子無髭(こす-むしゅ)」

2014-07-20

今日は、『無門関』第四則「胡子無髭(こす-むしゅ)」という章をご紹介いたします。

『無門関』第四則「胡子無髭(こす-むしゅ)」の主人公は、或庵師体(わくあん-したい)禅師(ぜんじ)です。

『無門関(むもんかん)』が書かれたのが、13世紀前半ですが、或庵(わくあん)禅師は、12世紀に活躍されました。無門和尚(むもん-おしょう)より100年ほど前の方です。

詳しい伝記は伝わっていませんが、72歳でお亡くなりになったときには、坐禅を組んで、次の遺偈(ゆいげ)を残してそのまま遷化(せんげ:高僧が死ぬこと)されたといいます。

(遺偈(ゆいげ)とは、禅僧が死に臨んで、自己の感懐、教えの根幹、弟子・後世への教訓などを記した漢詩、辞世の詩です。)

「鉄樹(てつじゅ) 花を開き 
 雄鶏(ゆうけい) 卵を生ず

  七十二年  揺籃(ようらん)の縄を絶つ」

「鉄で作った樹が花を咲かせ、
雄(おす)の鶏(にわとり)が卵を生んだ
七十二年の人生、
これまで、ゆりかごの中で揺られていたが(揺籃)、

ゆりかごの縄をバサッと絶ち切って、これから旅立とう」

普通は、鉄の木が花開いたり、雄の鶏が卵を生むことはありません。
この部分は、或庵禅師(わくあん-ぜんじ)の大悟の世界、つまり善も思わず、悪も思わない、父母未生以前(ふぼ-みしょう-いぜん)という、すべての対立を超えた絶対的な悟りの世界のことを形容しているのではないでしょうか。

大悟した或庵(わくあん)禅師にとって、この世の72年は、ゆりかごに揺られていたようなものだ言います。
今や死に臨んで、この世のゆりかごの縄を絶ち切って、新しい世界に旅立つのだという、痛快な遺偈(ゆいげ)を残されました。

人間は、どこから来て、どこに行くのでしょうか? 
『修身教授録』の森信三先生は、晩年のご著書の中で、

「人間は、死ねば生まれる以前の世界に還っていく」、

「地上の生が絶えたら、わが身をこの世へ派遣したものの処へ
 還ってゆく」、

「死は、生まれる以前のわが「魂の故郷」へ還りゆくこと」
                (「幻の講話」第5巻より)

とご自分の死生観を説明されています。

或庵(わくあん)禅師は、天からこの世に派遣されて、禅僧として悔いのない人生を送ったことを「ゆりかごの中にいた」と感謝されているのではないでしょうか。

そして、死とともにまだ見ぬ世界、というより生まれたときに記憶から抜けた「魂の故郷」へ旅だとうというのでしょう。
死を目前にして、新しい旅立ちを語る或庵(わくあん)禅師の境涯は素晴らしいと思います。

<8月のイス禅セミナー:ご案内>

 「禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会」(原則月1回開催)

イス禅と禅仏教の古典(『無門関』など)に学ぶセミナーを
8月18日(月)に、秋葉原駅近くの区民会館で開催します。

前半は、誰でもできるイス禅瞑想の実修です。
 休憩後の後半は、禅の古典からの講話となります。
禅に関心のある方は、どなたでも参加できます。

日時:2014年8月18日(月)19時~21時(開場18時30分) 

場所:JR秋葉原駅そばの「和泉橋区民会館」
       (千代田区立の公民館)

<或庵禅師(わくあん-ぜんじ)の遺偈(ゆいげ)>

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