無門関第35則「せい子が二人に分身した

2014-08-23

つぎに第38則「倩女離魂(せいじょりこん)」(せい子が二人に分身した)の現代語訳を掲載します。


こちらは、岩波文庫の『無門関』(西村恵信・訳注)から引用しています。


<本則(ほんそく)>:公案の提示

五祖は僧に問うて言われた、

「倩女(せいじょ)の肉体から魂が抜け去った

という話があるが、
 いったい、どちらが本物の倩女(せいじょ)であるか?」


<評唱:公案に対する無門禅師の禅的批評> 

 無門は言う、

「もし、この話のかんどころをとらえ、

真の倩女(せいじょ)はこうだ!と悟ることができたならば、

魂(たましい)が身体から離れ、また身体に入るということは、

ちょうど、旅行に出て宿に泊まるようなものだ、

ということが分かるであろう。


しかし、まだ悟ることができていないうちは、
 人生の街道をとりとめもなく走ることだけは、
 慎(つつし)むべきである。

突如として死が到来し、身体が分解するときは、

まるで煮えたぎった湯のなかに落ちた蟹(かに)が

手足をバタバタさせるようなもの。


その時に及んで、そんなことは聞いていなかったなどと
 泣き言を言ってはなるまい」。


<頌(じゅ)>・・無門和尚による禅的な漢詩

 頌(うた)って言う、



雲と月とは、同じもの、

谷と山とは、別のもの。

それがめでたし、めでたしさ!

一でもあれば、二でもあり。


(岩波文庫『無門関』西村恵信・訳注より)

この本則(公案)もまた、五祖法演(ごそほうえん)らしく、奇抜で人の意表を突くものです。

しかし、法演禅師(ほうえんぜんじ)が、この公案の前提としている<倩女(せいじょ:日本風の名前にすれば、セイ子さん)の肉体から魂(たましい)が抜け去った」という怪奇小説の筋書きを知らないと、そもそも、問いの意味さえも分からないでしょう。


そのため、どの老師が書かれた提唱録でも、まずは、題材となった怪奇小説の内容を説明しています。このブログでも、提唱録を参考に、題材となった小説の内容をご紹介しましょう。



<9月のイス禅セミナー:ご案内>

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場所:JR秋葉原駅そばの「和泉橋区民会館」

       (千代田区立の公民館)

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