無門関第45則「他是阿誰(たぜ-あた)」

2014-08-03

『無門関』「他是阿誰(たぜ-あた)」の則に関して、安谷白雲(やすたに-はくうん)老師が、「地獄」「人間」「仏」に違いを分かりやすく提唱されていますから、ご紹介いたしましょう。

ちなみに、仏教では、「十界(じっかい)」といって、人間の心の境地を十種に分類した教えがあります。最低が、「地獄界」で、中間に「人間界」があり、最上位に「仏界」があり、その間を細かく10段階に分けています。

仏教を生み出したインド人はものごとを分類するのが大好きなようですが、あまり細かい分類は、かえって読む方の頭が混乱します。

私たち日本人には、「地獄」と「人間」と「仏」との違いを知っていれば十分でしょう。

さて、安谷白雲老師の解説によれば、

「地獄とは、自分以外は全部敵、と思っている。」

(『無門関提唱』安谷白雲著より)

と実に明快に地獄を定義されています。

周りにいる人を敵や競争相手と見て、なんとか自分が勝たなければといきり立っている心境になっているとき、緊張感や闘争心はあっても、心の平安や幸せとは程遠いでしょう。

まして、自分が戦いや競争に負けそうだと思う時は、ストレスで苦しむことと思います。そのようなとき、人は、まさに地獄的な心の状態になっているといえるでしょう。

次に人間らしい心境とは、「お互い様」と仲良くやっている状態であるといいます。

「自分も大事だけれども、人様も大事だと。

自分も大事、人も大事、お互いに、もちつ・もたれつ

ということで、どうやら、つっかい棒でもっている、

それが人間の世界です。」

(『無門関提唱』安谷白雲著より)

「とにかく、自他(の対立)を見てはいるけれども、

喧嘩(けんか)しないようになるべく仲良くします

というのが人間の世界です。」

(『無門関提唱』安谷白雲著より)

まわりを敵だと思っている心境から、お互いに協力して、仲よくやっていこうという心境に、人間らしさがあるということです。

東日本大震災などで被災地の皆さんが発揮された「和の精神」、つまり、他人への思いやりを大事にする精神は、世界中から尊敬を集めました。それは、最も苦しい状況の中で、略奪や暴行など地獄的な様相になってもおかしくないのに、東北の皆さんが人間らしさを見失なわなかったことへの賞賛であると思います。

このような日本的な「和の精神」というものを私たちも日常生活の中で大事にしていきたいものです。

では、「人間」の世界を超えた理想の「仏界」はどのような所なのでしょうか? つづきをお読みください。

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