禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会(20)開催しました。

2015-11-26

2015年11月25日禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会開催しました。

この勉強会では、誰でもできる禅的な瞑想法として、イス禅を皆さんと一緒に実習します。

『無門関』(むもんかん)、『碧巌録』(へきがんろく)など禅の古典から、現代に生きる私たちにも役立つ禅の話を解説頂きました。

1.禅は押し売りしない

■壁に向かった9年間(1/2)

中国に禅を伝えた達磨大師(だるま-だいし)が、中国についたばかりのころ、梁の武帝と興味深い対話をしたエピソードをご紹介しました。今回は、それから後の達磨大師のエピソードをお伝えします。

なお、達磨大師(だるま-だいし)の存在自体が伝説的であり、歴史学的には史実かどうか確認できません。そのため、この話も後世の人がつくった伝説的な「神話」であるかもしれませんが、禅の特徴をよく伝える話として大事に受け継がれ、『無門関』(むもんかん)など、禅の古典的名著に記載されています。

さて、達磨大師(だるま-だいし)は、梁の国を後にしてから、中国北方にある少林寺というお寺に入りました。そこで、自分の教えを伝えるに足る熱心な修行者が現れるのを待ちながら、毎日、洞穴の岩壁に向かって坐禅をしておられました。

それが9年間にも及んだといわれいます。達磨大師が、9年間も壁に向かって坐禅をした故事を「面壁九年」(めんぺき-くねん)といいます。

もちろん、ひたすら坐禅するといっても、人間ですから、食事や睡眠は適度にとられたでしょう。たまには、頼まれて説法(現代でいう講話)をすることもあったかもしれませんし、文章も書かれたようです。

もっとも、スリランカ生まれで、インドで修行された達磨大師が、はたして中国語を理解できたのか?という疑問もあります。達磨大師(だるま-だいし)の存在自体が伝説的なので、細かいことを気にしても仕方がないのですが、強いていえば、最初のうちは、インドに留学経験のある中国僧が通訳を務め、そのうちに日常会話くらいは話せるようになられたと私は理解しています。

達磨大師(だるま-だいし)は、黙って坐禅をすることで、禅宗の教えの眼目を全身で示しておられました。禅の真髄は言葉では伝えられないので、自らの坐禅で人々に教えたわけです。坐禅をする姿そのものが大説法でした。そうして忍耐強く、後継ぎに足る人材が現れるのを待ったのでした。

それにしても、達磨大師(だるま-だいし)は、わざわざインドから禅の教えを伝えるために、中国にやってきたというのに、なぜ、皇帝の招きを断り、山奥の寺にこもって坐禅をしていたのでしょうか?

 

本来ならば、皇帝の支援の下で、都の大きなお寺で有力者に説法したり、国家のお金でたくさんの弟子を育てた方がよほど効率的です。

現代のビジネス感覚で見れば、禅の教えを伝えるという目的に対して、「山寺にこもる」というやり方は、あまりにも効率が悪いというか、そもそも方法論がまずいのではないかと感じることでしょう。

しかし、達磨大師(だるま-だいし)は、きちんとした意図をもって、わざと山寺にこもったのでした。そこには、現代のビジネスにも通じる智慧があります。次の章で、それを解説いたしましょう。

 

山にこもるのはなぜ?(2/2)

達磨大師(だるま-だいし)は、中国に来てから最初の9年間は、山寺の岩窟(がんくつ)の壁に向かって坐禅をするばかりで、積極的に弟子の指導をしようとはしませんでした。「中国に禅の教えを広める」という目的から言えば、まるで逆の行動をされたのには深い意味があります。

まず、禅の教えは、当時の中国人には理解が難しいことがあげられます。それまで翻訳したお経をもとに思想的に仏教を学んできた中国人にとって、坐禅をすることが一番の修行という禅宗の教えは、奇妙なものに見えたことでしょう。そのようなことを教えた人は、それまで中国にいなかったからです。

これまで世の中にない新しい商品やサービスを売り出す時に、広告予算の潤沢な大企業であれば、テレビCMを流すなどの積極的なマーケティングができます。そのような体力のない中小企業では、得意先に試供品を配ったり、無料の体験サービスを提供したりして、まずは、新商品・新サービスの価値を知っていただき、固定ファンを地道に増やしていくようなやり方をします。

達磨大師(だるま-だいし)が伝えようとした禅の教えは、中国では、まったく新しい教えであり、それまでにない新サービスのようなものでした。

たくさんの弟子を育てようにも、一人で育成できる人数には限りがあります。そのため、皇帝の支援のもとに国家事業として大規模に展開すれば、指導が追い付かず、かえって人材の質が落ちて失敗すると判断されたのでしょう。

達磨大師としては、先生一人の小さな「個人塾」のような形で、大事に人材を育てようとしたのでした。

売上を伸ばすためには、まずは焦らずに人材を育てることが大事です。やがて人材の成長とともに急成長できる時期が来るものです。かりに急成長できなくても、人材が育てば、赤字にはなりません。人材育成こそは、企業の長期的な発展のために最も大事なテーマであると思います。

達磨大師(だるま-だいし)が地道に人材を育てた結果、後世において、禅宗は中国仏教で最大かつ最も影響力のある宗派に育ちました。それが、日本を経由して、現代においては欧米にも広がりつつあります。

世界的に見て、最も影響力のある仏教の教えは、禅ではないでしょうか。禅は、「Zen」として英語圏でも通用するほどです。もし、達磨大師が、皇帝の支援に飛びついていたならば、このような大きな発展はなかったかもしれません。

もう一つの理由としては、達磨大師(だるま-だいし)が、自分が伝えようとする禅の教えの価値を確信していたことがあるでしょう。禅が本当に世のため人のためになる素晴らしい教えであることを信じることができたからこそ、焦らなかったのだろうと思います。

パナソニックの創業者・松下幸之助氏は、数々の名言を残しています。短い言葉で、ビジネスや人生の本質をずばりと語り、聞くものに深く考えさせる力がある点で、松下幸之助氏の言葉は、禅語(ぜんご:禅の名言)のようだといわれることがあります。

 

松下幸之助氏の名言の一つに

「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ。」

というものがあります。

新しい商品やサービスを売るにあたって「これこそは、客のためになる」という確信があれば、これほど強いものはないでしょう。

反対に、自分の利益のために無理に売ろうとすれば、遅かれ早かれ、お客が離れていき、ビジネスは発展しません。

 

達磨大師(だるま-だいし)は、禅の教えこそは、「人々のためになる」と確信されていました。だからこそ、焦ることなく、9年間も、坐禅中心の生活をしながら、禅の教えを伝えるに足る人材が現れるのを忍耐強く待つことができたのでした。

 

そして、9年後に、慧可(えか)という素晴らしい青年が現れます。慧可(えか)は、後に達磨大師(だるま-だいし)の後継者となって、禅の教えを後世に伝えました。達磨大師の忍耐は、みごとに報われたのでした。

<ここがポイント>

1.無理な拡大は成功しない

2.人材こそは、企業の発展の基礎

3.自分のためではなく、お客様のためになるものを売る

 

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