自分に授かっただけが、授かったもの

2013-11-01

どのようなことでも、あまりに自分にとらわれすぎていると、かえって悩みばかりが大きくなって、行き詰ってしまうことがあります。

では、どうすればよいのか? 内山老師の回答は明快です。

「世の中はどうせ自分のためにできているのじゃないと、
自分を投げ出してみる」

悩んだ時は、「自分を投げ出してみろ」というのが、
沢木老師や内山老師の教えです。

「自分を投げ出す」とは、
「うまくいかなくて当たり前、悩んで当たり前、苦しんで当たり前」
と考えて、苦しい現実をまずはそのままに受け入れなさい、
ということだと思います。

 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざがありますが、
 内山老師の言葉は、それと同じことですね。

「自分に授かっただけが授かったのであって、
有難いと思わずにはいられない面も出てくる。」

自分を投げ出せば、苦しい中でも、なお、自分に「天から与えられたもの」、「授かったもの」が残っていることが見えてきます。

自分に最後まで残るものは、「生命(いのち)」であり、「心」でしょう。

いずれも、天から人間に与えられたものであり、自分がゼロから作り出したものではありません。

それをありがたいと思うか、恨みに思うか、それによって自分の運命も大きく変わっていくでしょう。

当然、不幸な中でもありがたいと感謝できる人の方が、より幸運を引き寄せることでしょう。

苦しい現実の中に、それを乗り越える道が見つかったり、助けの手を差し伸べてくださる人が現れたり、いつの間にか現実の方が有利な状況に変化したり、などなど、解決のあり方は千差万別でしょうが、
感謝の心とともに、より良い方向に運命が進むことが多いと思います。

もっとも、そうはわかっていても、なかなか、苦しい現実を受け入れられないのが、私たち凡夫の宿命です。

坐禅などの各種の瞑想法は、運命に向かって自分を投げ出し、感謝できる心を養うためにあるのかもしれません。

沢木老師や内山老師の教えは、大事なことを私たちに教えてくださっているように思います。

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