自己の存在価値を自己において見出す

2013-12-12

「サムシンググレート」を外側に求めずに、自分の中に求めていくことが禅仏教の教えです。それを内山老師は、お釈迦様の遺言と「法句経」(ほっくきょう)の教えから説明されています。

<内山興正(こうしょう)老師の解説-5>

それに対して仏教では、お釈迦さまのご最後のころ、(中略)
いわば遺言として、阿難(あなん)さまに教えられたお言葉は、

「自らに帰依(きえ)せよ、
法に帰依(きえ)せよ、
他に帰依(きえ)することなかれ」

ということでした。

その他、「法句経」(ほっくきょう)にも、

「自己の依(よ)り処(どころ)は、自己のみなり。
よく調えられし自己こそ、
かけがえのない依(よ)り処(どころ)なり」

ともいわれています。

お釈迦さまは、80年の生涯を終わるに当たり、弟子の阿難尊者(あなん-そんじゃ)に有名な遺言を残しました。
阿難尊者は、お釈迦さまの十大弟子のひとりで、出家後、お釈迦さまが死ぬまでの25年間、常に近侍し、身の回りの世話を行っていた方です。
そのため、お釈迦さまのお弟子の中で、お釈迦さまの教説を最も多く聞き、よく記憶していたので「多聞第一」(たもんだいいち)といわれています。

お釈迦さまが臨終の床についたとき、阿難尊者は、まだ十分な悟りを得ていませんでした。修行途中の身であったわけです。
それだけに生涯の師と仰ぐお釈迦さまの死が近づいたことに、心の底から悲しむとともに、
「お釈迦さまがなくなったら、何を頼りに生きたらよいのだろう」
と、まさに途方に暮れる思いがしたことでしょう。

阿難尊者は、自分の迷いを素直にお釈迦さまに打ち明け、
「これから何をより所にして生きていけばよいのですか?」
問いました。

それに対するお釈迦さまの答えは、

「より所は二つある。一つはお前たち自身、
もう一つは私の教えである」

と言われました。

この遺言を「自灯明(じとうみょう)、法灯明(ほうとうみょう)」の教えといいます。

お釈迦さまは、外部にいる神仏を信仰しなさいとは言いませんでした。誰かご自分の跡継ぎを指名して「その者に従え」とも言いませんでした。

ただ、「悟りへの道(法)はすでに教えてあるから、それを頼りに、
自分で進んでいきなさい」ということを阿難尊者に教えたのでした。

このことを内山老師は、

「自らに帰依(きえ)せよ、
法に帰依(きえ)せよ、
他に帰依(きえ)することなかれ」

と表現されています。
帰依(きえ)とは、心から信じて奉るという意味の仏教用語で、
心のより所にするということです。
「自灯明(じとうみょう)、法灯明(ほうとうみょう)」は、
「自帰依、法帰依」と表現されることもあり、
同じことを示しています。

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