達磨(だるま)の壁に向かった九年間

2014-04-13

■山にこもるのはなぜ?(1/3)

達磨大師(だるま-だいし)は、中国に来てから最初の9年間は、山寺の岩窟(がんくつ)の壁に向かって坐禅をするばかりで、積極的に弟子の指導をしようとはしませんでした。

「中国に禅の教えを広める」という目的から言えば、まるで逆の行動をされたのには深い意味があります。

まず、禅の教えは、当時の中国人には理解が難しいことがあげられます。

それまで翻訳したお経をもとに思想的に仏教を学んできた中国人にとって、坐禅をすることが一番の修行という禅宗の教えは、奇妙なものに見えたことでしょう。
そのようなことを教えた人は、それまで中国にいなかったからです。

これまで世の中にない新しい商品やサービスを売り出す時に、広告予算の潤沢な大企業であれば、テレビCMを流すなどの積極的なマーケティングができます。

そのような体力のない中小企業では、得意先に試供品を配ったり、無料の体験サービスを提供したりして、まずは、新商品・新サービスの価値を知っていただき、固定ファンを地道に増やしていくようなやり方をします。

達磨大師(だるま-だいし)が伝えようとした禅の教えは、中国では、まったく新しい教えであり、それまでにない新サービスのようなものでした。

たくさんの弟子を育てようにも、一人で育成できる人数には限りがあります。

そのため、皇帝の支援のもとに国家事業として大規模に展開すれば、指導が追い付かず、かえって人材の質が落ちて失敗すると判断されたのでしょう。

達磨大師としては、先生一人の小さな「個人塾」のような形で、大事に人材を育てようとしたのでした。

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