『修身教授録』とペスタロッチについて
ペスタロッチの功績は、義務教育のなかった時代に、学校が一部の特権階級の者であった時代に、基礎的な一般教育(初頭教育)の理念を確立したことにあったようです。
その背景には、フランス革命の理念である「自由・平等・友愛」の精神がありました。
1791年のフランス憲法では、すでに全市民が平等に教育を受ける権利がうたわれています。
このように理念としては、18世紀末のフランス憲法において、すでに身分にかかわらず、平等な教育を受ける権利がうたわれていますが、
それがフランスにおいて、全国民を対象とした無償の義務教育制度として確立したのは、1882年でした。実に100年近い時間がかかったことになります。
フランス革命から、およそ100年かけて、やっとその理想が小学校の義務教育制度として実施されたわけですが、ペスタロッチは、フランス革命後の混乱の時代に、初等教育のあるべき姿を自らの実践と著作を通して、人々に教えたのでした。
ペスタロッチの功績をたたえて、長田新先生は、以下のように書かれています。
人類愛は彼にあってはまた教育愛であった。
彼によれば、「すべての人間は、神の名において、
教育を受ける権利を賦与されていて、
その教育のみが、政治的にも、経済的にも、宗教的にも、
真に人類を解放することができる」。
キリストの予言にも比すべきこの予言が、
最も偉大な宗祖と肩を並べるだけの世界的の位置を
彼に与えたのである。
(『隠者の夕暮・他』岩波文庫の解説P.141より)
人間性の奥底から純粋に汲み取られた真理は、
われわれに普遍的な真理であるから、
それを身に具えることは、
人類の普遍的の要求でなくてはならない。(中略)
これが、ペスタロッチーの
「一般的陶冶(とうや)の理念」である。
一般的陶冶(とうや)の理念とは、
人間を人間たらしめる陶冶(とうや)の理念であって、
この理念を確立したのはペスタロッチーの功績で、
彼はこの理念の確立によって、類の教育史に一時期を画した。
(『隠者の夕暮・他』岩波文庫の解説P.164より)
ペスタロッチの「一般陶冶(とうや)の理念」の基礎となっているのは、人間のもつ「智慧を発達させることのできる可能性」でした。
万人がその可能性を平等に具えているというのが、ペスタロッチの信念であり、智慧を発達させる教育を基礎教育(初等教育)として授けなければいけないという主張になります。
すべての人間が等しく「智慧の可能性を有している」というペスタロッチの発想は、仏教の発想に相通じるものがあります。禅仏教では、その可能性を「仏性(ぶっしょう)」と呼んでいます。
日本人にとって、ペスタロッチの考え方は、受け入れやすいものなのかもしれません。