呼べばこたえる山彦

2014-09-14

■無心が無心に応じる(1/3)

「老師が呼んだら、弟子が応える」とは、まったく当たり前のことです。しかし、慧忠が、特別な用事もないのに、弟子の応真(おうしん)を三度も呼んだのは、特別な目的があってのことでした。

高齢になった慧忠(えちゅう)は、期待の弟子である応真(おうしん)を禅的な試験で試そうとして「応真!」と三たび呼びました。

ところが、応真(おうしん)はすでに十分に修行が熟していたようで、ただ無心に「ハイ」と返事をしました。

この光景を柴山(しばやま)全慶(ぜんけい)老師は、

「呼ぶも無心、応えるも無心。無心が無心に応じる、

ただ一枚の妙境(みょうきょう)である」

(柴山全慶『無門関(むもんかん)講話』)

と評しています。

さらに、無心の境地を説明して、

「花を手にすれば自己が花である。山を臨めば自己が山である。

柱を見るときは自己が柱にほかならない。

見るところ、聞くところ、行くところ、

あるがままの一如(いちにょ)に働く無心のみごとさである。」

(柴山全慶『無門関講話』)

と書かれています。

このように無心に環境に溶け込んで、自由に働くことができるようになるというのが、禅の修行のひとつの目標です。

 

慧忠国師(えちゅう-こくし)は、弟子の応真(おうしん)が無心の境地を悟っているかどうか試そうとしました。そのために、用事もないのに三度も応真を呼んだのです。

しかし、すでに修行が熟していた応真(おうしん)は、少しもためらうことなく、無心の返事を三度返したのでした。

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       (千代田区立の公民館)

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