安岡正篤先生の本との出会い
私が、安岡正篤先生のご本を始めて読んだのは、早稲田大学3年生か、4年生の頃(昭和57年~58年頃、1982年~83年頃)で、まだ安岡先生がご存命の頃でした。
(安岡正篤先生は、昭和58年<1983年>12月にご逝去されています)。
実は、安岡先生がご存命の時代は、今ほどたくさんの本が出ておらず、新刊書で手に入るのは、明徳出版社の本くらいでした。
それも、神保町の三省堂書店など大きな書店に行かないと手に入らず、また、そのような大型書店にも、常に安岡先生の本が並んでいたわけでもありません。
もちろん、インターネットがない時代ですので、安岡先生がそもそもどのような人で、どのような著作があるのかを知ることも難しく、ご本を購入すること自体が難しかった記憶があります。
私が、何をきっかけに安岡先生のご本に出会ったのか、情けない話ですが、いまでは正確には覚えておりません。
私は、大学3年から5年まで、3年間、大学を自主休学していました。その間は、坐禅道場に通ったり、そのための費用をかせぐためにアルバイトをしたりしていました。
その合間に、神田神保町や早稲田の古本屋街であてどなく古本を見て歩くのが、一つの楽しみになっていました。
記憶はあいまいですが、神保町のどこかの古書店で、偶然、東洋思想のコーナーに並んでいた安岡正篤先生の本を手に取ったのが、安岡先生のご本との出会いであろうと思います。
私は、学生時代から積ん読を覚悟の上で、気になった本はとりあえず買う悪い癖がありましたので、最初は、ただ何となく買ったのだと思います。
そのうちに、『王陽明研究』や『経世瑣言(けいせいさげん)』などの本を読んで深く感動し、安岡先生のファンになっていきました。
安岡先生のご著書は、一貫して東洋の伝統思想による人間学と日本文化の歴史的価値を教えてくださるものだったからです。そのような本はそれまで読んだことがありませんでした。
安岡先生が、「全国師友協会」という勉強会を主催されていることを本の奥書で知り、師友協会本部に電話して入会を申し込んだこともありました。
しかし、その時は、すでに安岡先生の体調がすぐれず、「半年後の解散が決まったいるので、今からの新規入会は受け付けられない」ということでした。
結局、私は、安岡先生のご講話を直接、拝聴する機会は得られませんでした。
もう1年か2年早く、安岡先生のご本と巡り合っていたら、最晩年の安岡先生のご講話を聴く機会があったかもしれないと思うと残念に思いますが、これもご縁というものでしょう。