心こそ仏である
2015-08-15
私は「スーパー広報術」(配信数13万部)という老舗のメルマガに、毎月2~3回、『ビジネスに役立つ禅の話』というテーマで原稿を掲載しています。(毎月、15日頃と月末頃に配信)
<スーパー広報術> http://s-pr.com/super-prway/
このブログでも、配信済みの原稿は、順次、ご紹介してきましたが、
今回は、第17号(2014年8月後半に配信)をご紹介いたします。
■即心即仏という禅語(1/2)
インドから中国に初めて禅を伝えたのは、達磨大師(だるま-だいし)ですが、中国に禅宗を広めるのに大きな功績があったのが、8世紀に活躍した馬大師(ばだいし)と呼ばれる馬祖道一(ばそ-どういつ)です。
「大師(だいし)」という号は「偉大な仏教の師」という尊称ですが、何百年に一人という歴史的なレベルの人しか、「大師(だいし)」の名前に釣り合わないものです。
ちなみに、日本では、ただ「お大師(だいし)さま」と言えば、社会科の教科書で誰もが習ったことのある弘法大師(こうぼう-だいし)空海(くうかい)を指すというほど、価値の高い尊称です。
さて、馬祖(ばそ)については、禅宗史上、大変有名な言葉があります。
それは、「即心即仏(そくしん-そくぶつ)」というもので、「この心が、そのまま仏さまである」という意味です。
これは、誰もが持っている「心」というものは、本来、「仏さま」と同じレベルの素晴らしい宝物であり、そのことに気がつくことが禅の教えの根本だということです。 (つづく)