『禅と陽明学』より「儒教と老荘と禅」

2014-02-28

安岡先生は、「陰」と「陽」の二つの働きがより高いレベルで総合されることを「中」(ちゅう)と説明されています。

>限りなく中(ちゅう)してゆく。
>まず相対的なものができて、これがまた中してゆく。
>これを「時中(じちゅう)」という〈時(こ)れ中す〉。
(『禅と陽明学』p.155)

陰陽の二大原理の相対性の中から、新しいものが生まれることが「中」です。

この場合の「中」は、真ん中、中間という意味よりも、的中などの熟語に用いられる「あたる」(かたよりのない正しさ、ほどよさ)という意味です。

儒教には、「四書」(ししょ)という最も大切にされた経典が4つあります。

『論語』『孟子(もうし)』『大学(だいがく)』『中庸(ちゅうよう)』の4つですが、その中で、『中庸』は、儒教の哲学原理を教える書として重視されています。

その「中庸」の中に、「君子(くんし)、よく時中(じちゅう)す」という言葉があります。

君子(くんし)と評価される立派な人物は、その時々に応じて、かたよりのない公平無私な判断、行い、態度をとるという意味です。

古来、中国は、戦乱の絶えない国で、世界史の教科書に出てくる漢・唐・宋・元・明・清などの統一王朝も、それぞれ200年~300年で崩壊して、その都度、中国全土が戦乱状態になっています。

『中庸(ちゅうよう)』が書かれた紀元前の春秋戦国時代も、その名のとおり、中国内が7つ以上の国に分かれて戦争を繰りかえす戦国時代でした。

そのような戦乱と平和とを繰り返した激しい歴史を持つ中国では、かたよりのない正しさである「中庸(ちゅうよう)」の徳が尊ばれました。「中庸」は、深刻な動乱の歴史から、古代中国人が学びとった偉大な知恵と言えるでしょう。

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