今東光の毒舌人生相談-その5「宗教とは?」1
今東光師(こん-とうこう、1898生―1977没、天台宗大僧正、中尊寺元貫首)の『毒舌身の上相談』(集英社文庫)は、悩める相談者を「そんなことで悩むな、バカヤロウ!」と激しく叱る言葉が多く、それが逆に、独特の痛快さを生み出していると思います。
しかし、今東光師も、仏教(天台宗)の本職の僧侶ですので、宗教に対する質問については、なかなか、深い回答をされています。
ある若者からは、「(青年に)宗教は必要なのか?」という率直な問いがあります。
それに対する今東光師の回答を見てみましょう。
おめえは「若者に宗教がどれだけ必要か」という質問をしているが、宗教は必要だとか必要じゃないとかいうような性質のものじゃないんでね。
「必要だからこれをやれ」と言ったら、普通の教育とかモラルとかとちっとも変らないことになっちまう。
宗教というものは、必要以前であり、以上であって、
「どうしてもこれを求めずにいられない」というような
切実な生き方、深刻な考え方をしたことがなけりゃあ意味ないんだ。
何かそういうモーメントがあって、それにぶつかって、
求めて初めて宗教はいかに必要であるかっていうことになる。
それもあくまでも個人にとって必要であって、
社会にとって必要とか、若者にとって必要とか言う
ものじゃないんだな。
だから何宗でもいい。
仏教でもいいし、回教でもキリスト教でもいい。
何かを信じたくて求めていく。
そういう切実な生き方を一度もしたことのない奴は、
宗教に縁はないよ。
宗教というものは、社会にとって必要とか、若者だから必要だとか、いうようなものではない。
心から悩める人間が
「どうしてもこれを求めずにいられない」
「何かを信じたくて求めていく」
ものが宗教であると、今東光師は、喝破(かっぱ)しています。